横浜地方裁判所川崎支部 昭和49年(ワ)278号 判決 1978年6月21日
主文
一 被告上和野信夫、同佐藤聰悦は原告に対し各自金一三〇万五〇三四円及び内金一一〇万五〇三四円に対する昭和四六年一〇月五日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告上和野信夫、同佐藤聰悦に対するその余の請求及び被告川崎市に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告上和野信夫、同佐藤聰悦との間においてこれを六分し、その一を同被告らの、その余を原告の各負担とし、原告と被告川崎市との間において原告の負担とする。
四 この判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一双方の求める裁判
一 原告
1 被告らは原告に対し各自金七八二万二五二六円及びこれに対する昭和四六年一〇月四日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二双方の主張
一 請求原因
1 原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)により受傷した。
(一) 発生日時 昭和四六年一〇月四日午前七時過ぎ頃
(二) 発生場所 川崎市川崎区藤崎町一丁目四三番地先
(三) 事故の態様 被告川崎市市営バス(運転者藤木登)が事故発生場所付近の路上を国鉄川崎駅方向に向けて進行中、急停車した衝撃により、乗車中の原告(つり革につかまり立つていた)が、窓の鉄製てすりに後頭部をぶつつけ、更に他の乗客と共に将棋倒しとなつて、頭部その他を強打し、頭部外傷、後頭部打撲、左前腕捻挫、腰部打撲、骨盤打撲等を受傷
2 被告らの責任
(一) 被告川崎市は前記市営バスの所有者、被告上和野は被告佐藤運転の前記車両の所有者で、いずれも右車両を運行の用に供していたものであり(被告上和野は被告佐藤の使用者で右車両を同被告に使用させていたもの)、その運行により本件事故を惹起したものであるから、自賠法三条に基づき原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。
(二) 被告佐藤は、前記車両を運転して進行中、前記市営バスの直前に割り込むような不適切な進路変更をしたために同バスの進路を妨害する結果になつて本件事故が発生したものであつて、原告の前記受傷は被告佐藤の右過失によるものであるから、民法七〇九条に基づき原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。
3 原告の損害
(一) 治療費 原告は、前記受傷の治療のため、昭和四六年一〇月四日から同月九日まで川崎市立川崎病院(以下、川崎病院という。)に通院(実通院日数五日、以下同じ)、同一〇月九日から同年一一月一日まで太田総合病院に入院(二四日)、同一一月五日から同年一二月七日まで第一病院に入院(三三日)し、同一二月八日から同月一三日まで同病院に通院(実通院日数七日)、昭和四七年一月一七日から同月二八日まで杉野整復師に通院(実通院日数二日)、同一月二八日から同年一二月二一日まで川崎病院に通院(実通院日数二〇〇日)、同月二二日から昭和五〇年三月まで東大病院に通院(昭和四九年九月末日まで実通院日数一〇日)した。原告の治療期間が長期に及んでいるのは、頭部打撲による障害として、頭痛、項部痛、左肩上肢痛が持続し、左上肢の前腕、手指関節の運動知覚障害、両手握力低下、めまい、脳波異常があり、記銘力障害、離人感、思考力障害、全身倦怠感、性格変化を伴い、体重が減じ、一日に三、四回意識がなくなるてんかん症状を起こし、軽度の労働ばかりでなく、付添人なしには日常生活にも困る状態が続いたためである。
従つて、原告の治療費のうち被告川崎市において支払つた分を除く次の治療費、即ち、第一病院(診断書料)金二〇〇〇円、杉野整復師金六〇〇円、川崎病院金三万〇三二五円、東大病院一六万一三六〇円(昭和四九年九月三〇日まで金一二万一三六〇円、同年一〇月から昭和五〇年三月まで月二回の割合で通院し、一回の治療費の平均額金四〇〇〇円強で計算した金四万円の合計)
(二) 交通費 川崎病院金一二三〇円(自宅、病院間バス賃片道金三〇円、通院日数二〇五日)、太田総合病院金六〇円(自宅、病院間バス賃片道金三〇円、一回分)第一病院金四二〇円(自宅、病院間バス賃片道金三〇円、通院日数七日)、東大病院金二万〇四〇〇円(自宅、国鉄川崎駅間バス賃片道金五〇円、国鉄川崎駅、同上野間電車賃片道金一〇〇円、国鉄上野駅、病院間バス賃片道金二〇円、合計金一七〇円=昭和四九年九月三〇日までの通院日数五〇日の交通費金一万七〇〇〇円、その後昭和五〇年三月まで月二回の割合で通院する交通費金三四〇〇円の合計)
(三) 入院雑費 金二万八五〇〇円(入院日数計五七日、一日雑費金五〇〇円)
(四) 付添費 原告の前記症状のため原告の入院中はもとより通院中も原告の父の付添いを必要とし、その付添つた日数は、川崎病院一〇五日、太田総合病院二五日、第一病院三六日、東大病院二五日であるから、一日金三〇〇〇円の割合による金五七万三〇〇〇円(原告の父は本件事故当時石工として一日金八〇〇〇円、現在運輸会社で一日金五〇〇〇円の日当を得ているので、その付添費は少くとも一日金三〇〇〇円である。)
(五) 休業補償 原告は中学卒業以来各種工場で働き本件事故の一五日前に帝国通信工業株式会社に臨時工として働くようになつたが、本件事故後の前記症状のため労働ができなくなつた。原告は治療のため前記のとおり入・通院を続けてきたが、症状が改善されないまま、経済的負担のかさむこと、身体を仕事や環境にならすためなどの理由で治療をうち切り、昭和五〇年八月からアルバイト程度の仕事に就くことになつた。原告の右休業期間(昭和四六年一〇月四日から昭和五〇年七月まで三年一〇か月)中に失つた収入は、昭和四六年度賃金センサス全産業全女子労働者平均給与に基づき原告の事故当時と同年齢である一九歳の女子労働者の一か月給与金三万五七〇〇円、年間賞与金五万七五〇〇円、二〇歳ないし二四歳の一か月給与金四万〇三〇〇円、年間賞与金一二万三五〇〇円で計算した合計金二二〇万六〇一六円(〔三五七〇〇円×一二月+五七五〇〇円〕+〔四〇三〇〇円×一二月+一二三五〇〇円〕×四六月)
(六) 労働能力減少による逸失利益 原告は昭和五〇年八月から仕事を始めたのちも脳波異常があり時々てんかん様の発作を起こし、頭痛、倦怠感、記銘力減退が続き、左頸腕の障害が残り、握力の減少を来たしている。このため原告は事務とか店員のような軽作業の仕事しかできない状態である。右の後遺症状の等級は九級一〇号に該当し、その場合の労働能力の減少は三五パーセント、継続期間は五年とみるべきである。従つて、昭和五〇年八月一日からの労働能力減少による逸失利益を、昭和五三年二月一〇日以降についてはホフマン方式により中間利息を控除して、計算すると金九八万七五四五円(〔四〇三〇〇×一二+一二三五〇〇〕×〇・三五×18/12)+(〔四〇三〇〇×一二+一二三五〇〇〕×〇・三五×三・一四七六)となる。
(七) 慰藉料 原告の別記症状、治療経過、後遺症のほか、被告が現在に至るも原告の損害を賠償しようとしない不誠実な態度を総合して、金三〇〇万円
(八) 弁護士費用 原告は被告らに対し本件事故の賠償を請求し、更に調停を起こしたが、被告らは治療費、休業補償の一部を除いて全く支払いをしないので、止むなく本訴訟を弁護士に委任し、着手金及び報酬として認容額の一割を支払うことを約束したので、金八〇万円
(九) 弁済 原告は被告上和野から休業補償のうち昭和四六年一〇月分から昭和四七年一二月分まで毎月三万円あて合計金四五万円の弁済を受けた。
4 よつて、原告は被告らに対し連帯して前記損害残額金七八二万二五二六円及びこれに対する本件事故日の昭和四六年一〇月四日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 答弁
(被告川崎市)
1 請求原因第1項のうち発生日時、発生場所(但し、番地は四一番地)、及び藤木登運転の市営バスが本件事故現場付近を進行中、急停車したことは認め、その余は不知
2 同第2項(一)のうち被告川崎市が市営バスの所有者で同車両を運行の用に供しその運行により本件事故を惹起したことは認めるが、自賠法三条の責任があることは争う。
3 同第3項はいずれも不知(但し、同項(一)のうち原告が請求する治療費以外の治療費を被告川崎市が支払つたことは認める。但し被告上和野の支払いを立替えたものである。同項(二)の交通費のうちバス賃は認める。)
(被告上和野、同佐藤)
1 請求原因第1項の事実は不知
2 同第2項(一)のうち被告上和野が被告佐藤運転の車両の所有者であり、同車両を運行の用に供していた(被告上和野が被告佐藤の使用者で右車両を同被告に使用させていた。)ことは認めるが、自賠法三条の責任があることは争う。同項(二)のうち被告佐藤がその運転にかかる車両を市営バスの直前に割り込ませた過失があつたことは否認し、不法行為責任があることは争う。被告佐藤は本件事故現場直前まで来た時、前方約三〇メートルの交差点で信号待ちをする車数台が自車線上にあつたので、外側車線に移るべき後方を確認し方向指示器を出して進路を変更したものであつて、市営バスも停留所に止まるべく減速状態に入つており、決して割り込みをしたものではない。
3 同第3項は不知、但し(九)因の弁済(被告上和野がしたもの)は認める。
4 原告が主張する諸症状と本件事故との間には因果関係がない。原告は事故当初、初診医(川崎病院)に対し、左前腕部、肩部及び腰部の打撲を訴えたのみで、その余の症状の訴えもその治療もせず、頭部外傷は太田総合病院で初めて訴えたものであるから、原告の訴えは不定愁訴が多い。太田総合病院においても左上肢の疼痛、左前腕関節痛は余り問題にならず、知覚の異常も認められず、むしろ精神医学的に問題がある患者とされ、同病院に入院したのも医師の指示によるものでなく、原告の希望によるものである。東大病院における原告の訴えに対する医師の意見は、外傷性による根拠が薄弱であり、原告の病歴によるものとしている。従つて、原告の主張する現症状は本件事故とは因果関係のない精神医学的問題として考えるべきである。
三 抗弁
1 (被告川崎市)
被告川崎市には自賠法三条但書によつて免責される。
即ち
(一) 本件事故は、運転者藤木が、市営バスを運転中、右側約一メートルの間隔で併進していた被告佐藤の運転する車両が急に市営バスの直前に割り込んで来たために、これを避けようとして急停車の措置を講じたことによつて起きたものであつて、被告佐藤の過失によるものである。運転者藤木が市営バスを運転して進行中川崎市川崎区藤崎一丁目四一番地先の停留所に近づいたので時速二〇キロメートルの速度に減速して進行していたところ、被告佐藤の車両が、後方から来て併進状態になり、前部が約一メートル先になつた時、市営バスとの車間距離がないにも拘らず、また方向指示器の点燈もせずに急に左側に進路変更をして市営バスの進路を妨害したものである。また藤木としても市営バスと併進している車両が方向指示器も出さずいきなり左に進路変更して割り込んで来ることまで予想して運転すべき注意義務はない。
(二) 運転者藤木は、走行中前方注視をしていたことは勿諭、後方より追いつき併進状態になつた被告佐藤の車両にも注意を払つて運転していた。そのため藤木は被告佐藤の車両による進路妨害が開始されてすぐ急停止の措置をとることができたのである。
(三) 本件事故は、藤木運転の市営バスの構造上の欠陥及び機能の障害に基づかずして発生したものであり、かつ運転手に対する被告川崎市の選任監督上の注意義務の順守に関係なく発生したものである。
2 (被告上和野、同佐藤)
(一) 仮に被告佐藤に運転の過失があつたとしても、市営バスの運転者藤木にも併進車に注意を払わなかつた過失があつた。
(二) また本件事故は午前七時一〇分頃の通勤時間帯における事故であつて、右時間帯において路上は通常混雑し、車両が急停止することをも充分予測し得るのに、原告はバス内で漫然と立つていたものであるから、原告にも過失があつた。
四 答弁
1 (被告川崎市の抗弁について)同抗弁中藤木の運転に過失がないことは否認する。市営バスは多数の乗客を乗せて走行しているから、たんに外側の車両や歩行者のみならず内側の乗客に対してもこれを安全に輸送する注意義務があり、とくに急停止により乗客が転倒することを防止する注意義務がある。被告佐藤の車両は時速四〇キロメートルの速度で進行し、藤木運転の市営バスは時速一五キロメートルの速度で進行していたから、同被告の車両は市営バスの三倍近い速度で追い越したことになる。藤木は右のように被告佐藤の車両に接触しない時点で急停止の措置をとつたのであるから、その措置を誤つたものというべきであり、その点において過失がある。
2 (被告上和野らの抗弁について)藤木及び原告に過失があつたことは否認する。
3 (被告上和野らの原告の症状に対する主張について)本件事故以前には被告上和野らが主張するような諸症状は原告に全くなく、本件事故により身体の各部の打撲、とくに左前腕捻挫と頭部打撲がひどく、どの病院においても頭部外傷と診断され、かつ、原告の症状が外傷によるものと診断されていることからも、原告の症状が本件事故によるものであることは明らかである。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生
証人藤木登の証言、原告及び被告佐藤各本人尋問の結果、成立について争いのない甲第一号証、証人横溝武二の証言により成立が認められる丙第一号証の一、二、同第二、三号証、証人須山一己の証言により成立が認められる丙第八号証を総合すれば、市営バスの運転者藤木が昭和四六年一〇月四日午前七時過ぎ頃同バスを運転して川崎市川崎区藤崎町一丁目付近の路上を国鉄川崎駅方向に向けて進行中、同バスと併進していた被告佐藤運転の車両が同バスの直前に進入してきたために、藤木が同バスのハンドルを左に切り急停車させたこと(右の急停車させたことは被告川崎市との間において争いがない。)、原告は同バスに乗車し中央付近右側(進行方向に向い)のつり革に左手で掴り立つていたところ、同バスが急停車し、その反動でつり革を握つたまま原告の身体が半回転してその後頭部を手すりにぶつつけ、その拍子につり革から手を放して床に横倒しになり、その上に他の乗客が倒れてきたこと、原告はそのため後頭部、肩部、腰部、左前腕部の各打撲傷を受けたことが認められ、証人藤木登の証言中には市営バスの乗客の中で同バスを急停車させたことにより転倒したものはなかつた旨の供述があるが、同供述は原告本人尋問の結果、丙第一号証の一、同第八号証に照らして採用できず、その余に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
二 被告らの責任
1 被告川崎市の責任 同被告が藤木運転の前記市営バスの所有者で同車両を運行の用に供しその運行の結果本件事故を惹起したことは当事者間において争いがない。そこで同被告の自賠法三条但書の免責の主張について判断する。
証人藤木登、同横溝武二及び同須山一己の各証言、被告佐藤本人尋問の結果、本件市営バスと同型の市営バスの写真であることについて争いのない丙第五号証の一、二、本件事故発生場所付近の写真であることについて争いのない同第一三号証、前記同第八号証を総合すれば、運転者藤木が前記日時場所で市営バスを運転して藤崎町一丁目停留所に向い片側二車線のうち歩道寄りの車線上を進行中(その時の乗客は六〇名位で、その半数は座席に坐わり、半数は立つていた。)、大師駅方向に通ずる道路との交差点を通過してから時速二〇キロメートルの速度で進行していたところ、前方中央寄りの車線上を大型貨物車が進行し、その後から被告佐藤運転の車両が時速四〇キロメートルの速度で迫まり、市営バスと併進状態となりやがて前記停留所から約三〇メートルの位置に来た際(その時同バスは時速約一五キロメートル位の速度に減速した。)、同被告の車両が同バスの前より約一メートル位出た時急に同バスの車線内に進入してきたので(このことは当事者間において争いがない。)、接触事故を避けるべく左にハンドルを切り同時に急停止の措置をとつたこと、そのため同バスの前部と被告佐藤の車両の左扉とが軽く接触しただけで衝突はしなかつたこと、被告佐藤はその運転にかかる車両を同バスの進行車線に進入させる際同バスの進行について格別注意を払わず、方向指示器による指示もしなかつたこと、右バスはそれまで歩道の沿石から約二メートル離れて進行しており、藤木が同バスのハンドルを左に切つただけで急停止の措置をとらなかつたならば、そのまま歩道の沿石若しくは街路樹に衝突する危険があつたことが認められ、被告佐藤本人尋問の結果中には、被告佐藤は藤木運転の市営バス進行の車線内に進入する際急に進入したものでなく方向指示器による指示をして徐々に進路を変えた旨の供述があるが、同供述は証人藤木の証言と対比して採用できず、その余に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定によれば、本件事故は、前記のとおり運転者藤木がその運転にかかる市営バスを急停止させたことによつて生じたものであるが、その原因は被告佐藤がその左側車線を進行中の同バスの進行について注意をせず急に同車線に進入してきたために同バスの運転者藤木としてはそのままでは衝突の危険があり、これを回避するには同バスのハンドルを左に切り同時に急停止する以外には方法がなかつたことにあると認められるので、本件事故は被告佐藤の運転上の過失が原因となつて惹起されたものであると認定するのが相当である。原告は、多数の乗客を乗せることを業務とする市営バスの運転者としては急停止により乗客が転倒することがないように同措置をとる場合は十分注意を払うべきであるが、本件において被告佐藤の車両と市営バスの双方の速度からみて接触の危険がなかつたから、同バスの運転者藤木がとつた急停止の措置に過失があつたと主張するが、前記のとおり藤木が同バスのハンドルを左に切り急停止の措置をとつてもなお軽微であるが被告佐藤の車両と接触している事実及び藤木が同バスのハンドルを左に切つただけで急停止の措置をとらなかつたならば歩道の沿石もしくは街路樹に衝突する危険があつたことに徴して原告の右主張は採用できない。
そして証人藤木登の証言によれば、藤木は前記市営バスを運転中被告佐藤運転の車両が右側車線を進行して来て併進しやがて前の方に出て来たことに気付き同車の進行に注意を払いながら運転していたことが認められるので、藤木は運転上の注意義務を順守していたものであり、かつ、本件事故の発生原因に照らして藤木運転の市営バスの構造上の欠陥の有無及び同運転手に対する被告川崎市の選任監督上の注意義務の順守のいかんは本件事故と関係がないといわねばならない。
そうすると、被告川崎市の自賠法三条但書の免責の抗弁は理由があるから、同被告は原告に対し本件事故による原告の損害についてこれを賠償する義務はない。
2 被告上和野の責任 同被告が被告佐藤運転の車両の所有者であつて同車両を運行の用に供しているものであることは当事者間において争いがない。ところで被告佐藤本人尋問の結果によれば、被告佐藤は被告上和野の仕事を終えた帰途前記車両を運転していた際、本件事故になつたことが認められること、前記認定により本件事故は同被告の運転上の過失によつて惹起されたものと認められることに鑑みると、本件事故は被告佐藤の前記車両の運行の結果生じたものとみるのが相当であるから、被告上和野は前記車両の運行供用者として自賠法三条に基づき原告の損害を賠償する義務がある。
3 被告佐藤の責任 同被告の運転上の過失によつて本件事故を惹起するに至つたものとみるべきこと前示のとおりであるから、同被告は民法七〇九条に基づき原告の損害を賠償する義務がある。
三 原告の損害
1 治療費 成立について争いのない甲第二号証の一ないし六、同号証の七(原本の存在とも)、八、同第三号証の一ないし八、同第五号証、乙第一号証の二、三、同第二号証の二、同第三号証の二、同第四号証の三、同第五号証の二、証人水野嗣郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当日川崎病院で診察を受けたが、その夜から頭痛を訴えるようになり引続き同病院に同月九日まで通院(実通院日数五日)して治療を受けたものの頭痛、吐き気、めまいが続くので、その間の同月八日太田総合病院で診察を受け、同月九日から同年一一月一日まで二五日間同病院に入院し、退院後同一一月五日から更に第一病院に通院し、同月九日から同年一二月七日まで二九日間同病院に入院し、退院後同月一三日まで同病院に通院(入院の前後を通じ美通院日数七日)し、その後昭和四七年一月一七日から同月二〇日まで杉野整復師の治療を受け(実通院日数三日)、再び同一月二八日から同年一〇月一日まで川崎病院に通院(実通院日数二四〇日)し、更に同年一二月二〇日から昭和四九年九月九日まで東大病院に通院(実通院日数四七日)して治療を受けたこと。右入・通院期間を通じて頭痛、項部痛、左肩・上肢痛が持続し、左前腕がしびれ、左手の握力が減少し、全身に倦怠感があり、脳波異常があり、平均して月に五、六回意識がもうろうとして気が遠くなる発作(てんかん症状)が反復する等の症状が持続して治癒せず、性格的に怒りつぽくなり記憶力が低下する等の精神障害が持続したこと、しかし東大病院に通院することをやめる頃からほぼ本件事故前の健康状態に回復したこと(なお右の各症状が軽度に存在している。)が認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで被告上和野らは右の諸症状と本件事故との間には因果関係がないと主張する。しかしながら証人水野、原告本人の各供述によれば原告は普通の健康体であつたことが認められるのに対し、本件事故前に前記認定の各症状が原告にあつたことを認めるに足りる証拠もないこと及び本件事故時の原告の受傷の部位(特に頭部外傷等の打撲症)を併せ考えると、原告の前記各症状が本件事故を契機としていることは否定できないと思料されるので、原告の本件事故後の諸症状と本件事故との間には因果関係があると判断するのが相当である。しかしながら又、証人水野嗣郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告が第一病院を退院後川崎病院に通院中医師から原告の症状について外傷性の症状でなくむしろ精神的要因による神経的症状とみられると言われたこと、また太田総合病院では原告自身神経的に問題があると言われたこと、また東大病院で原告のてんかん症状と本件事故との間に因果関係があるかは脳波異常の所見から判断できないと言われたことが認められること及び本件事故の態様、とくに市営バスの事故直前の速度、原告の打撲傷の程度、転倒の状況に照らして、原告の前記症状の治癒がかなり遅れていると思料されることと、成立について争いのない丙第一四号証によれば、原告の中学時代の性格的特徴としてヒステリー性及び被害妄想性があつたことが認められることを併せ考えると、原告には内在的に性格的偏奇性があり、これが本件事故による頭部等の衝撃により増幅して前記症状を誘発した面があり、そのために治療に期間を要したものと判断されるので、以上の諸事情を彼我しんしやくして本件事故の前記症状の発生に対する寄与率は七〇パーセントであると認定するのが相当である。
そこで原告の治療費のうち被告川崎市が支払つたその余のものについてみるに、成立についての争いのない甲第三号証の七、八、同第四号証の一ないし三六によれば、東大病院が金一二万一三六〇円(甲第三号証の七、八の合計)、第一病院が金二〇〇〇円(甲第四号証の一、二)、杉野整復師が金六〇〇円(甲第四号証の三)、川崎病院が金三万〇三二五円(甲第四号証の四ないし三六の合計)であることが認められる。右の合計は金一五万四二八五円となる。(原告はその余に昭和四九年一〇月からも月二回の割合で東大病院に通院して治療をする必要があると主張するが、前記のとおり原告は同年九月一〇日からは同病院に通院していないから、右主張は採用できない。)。
2 交通費 弁論の全趣旨により、原告は通院のための交通機関としてバス(バス賃が、東大病院に通院する前までは川崎市において片道金三〇円、同病院通院中は川崎市において片道金五〇円、東京都において片道金二〇円であつたことは、争いがない。)及び電車(電車賃が東大病院通院中は国鉄川崎駅、上野駅間片道金一〇〇円であつたことは弁論の全趣旨によつて認める。)を利用したことが認められるので、その通院のための交通費は、川崎病院が金一万四七〇〇円(三〇円×二×二四五日)、太田病院が金四二〇円(三〇円×二×七日)、第一病院が金四二〇円(三〇円×二×七日)、東大病院が金一万五九八〇円(〔五〇円×一〇〇円+二〇円〕×二×四七日)、以上合計金三万一五二〇円となる。(なお原告は昭和四九年一〇月から月二回の割合で東大病院に通院することを要するとしてその交通費の支払いを求めるが、前示と同じ理由により右主張は採用できない。)。
3 入院雑費 昭和四六年当時における入院雑費は一日当り金三〇〇円とみるのが相当であるから、太田総合病院及び第一病院における通算五四日間の入院雑費は金一万六二〇〇円(三〇〇円×五四日)となる。
4 付添費 証人水野嗣郎の証言によれば、原告の父嗣郎が原告の通院の際付添つていたことが認められるものの、その付添いをした日数及び原告の入院中にも付添つていたものか証拠上明らかでないので、その付添いの必要性について判断するものでなく、原告の父嗣郎の付添費は採用できない。
5 休業補償 証人水野嗣郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は中学校卒業後キヤノンに臨時工として就職し、本採用にならなかつたので一年位で退職し、日本電気小杉工場で三か月位働いた後、本件事故より半月程前に帝国通信に勤務するようになつたところ、本件事故のため前記のとおり入・通院を余儀なくされその期間中は就労することができず漸く昭和五〇年夏頃から働き始めたことが認められる。前記認定の原告の入・通院の実情、その間の症状、とくに右入・通院の期間中意識が遠くなる発作が続き東大病院に通院することをやめる頃まで治癒しなかつたことを考慮すると、原告は本件事故から三年間はその事故のため就労が不能になつたと認定するのが相当であるから、原告は右期間に女子労働者平均給与額相当を失つたものとして、右逸失利益の現在額をホフマン方式により算出するのが相当である。成立について争いのない甲第七号証によれば、全産業全女子労働者平均給与額は中学卒(新制)で一八歳から一九歳までは一か月金三万四六〇〇円、二〇歳から二四歳まで一か月金三万八五〇〇円であることが認められるので、原告(事故当時一八歳)の右逸失利益を算出すると、金一二六万六六四九円(〔三四六〇〇円×一二×〇・九五二四〕+〔三八五〇〇円×一二×一・七七八六〕)となる。
6 労働能力減少による逸失利益 前記認定によれば、原告が東大病院に通院することをやめた後はほぼ健康状態を回復しその以前の入・通院中に持続したてんかん症状の発作は殆どなくなり、全身の倦怠感、左手の握力の減少、左前腕のしびれが軽度に残つているに過ぎないのであるから、右認定の症状の程度を考慮すると、前記認定の休業期間経過後なお二年間はその労働能力の七パーセントを喪失したものと認定するのが相当である。そうすると、前記認定の二〇歳から二四歳までの全産業全女子労働者平均給与額一か月金三万八五〇〇円を基準として原告の右逸失利益の現在額をホフマン方式によつて算出すると、金五万二八二四円(三八五〇〇円×一二月×〇・〇七×一・六三三四)となる。
7 慰藉料 原告の受傷の部位、程度、入・通院期間、通院を必要とした症状の程度、後遺症状の程度等を考慮すると、原告に対する慰藉料としては金七〇万円をもつて相当と認める。
以上損害の合計額は金二二二万一四七八円となるので、本件事故の前記寄与率を考慮すると、被告上和野らに賠償を求めることができるものは右金額の七割に相当する金一五五万五〇三四円をもつて相当と認める。
8 原告らの過失
(一) 被告上和野らは、市営バスを運転していた藤木に併進車に注意を払わなかつた過失があると主張するが、同バスの運転者として併進中の車両が進路を変更する際指示をすることなく突然自車の直前に進入してくることまで注意を払う義務がないので、前記二1認定の事実関係のもとでは藤木に過失がないと認定するのが相当である。右被告らの右主張は採用できない。
(二) また被告上和野らは、原告がバス内で急停車のあることを注意せずに漫然と立つていたと主張するが、これを認めるに足りる証拠がないので、右主張は採用できない。
9 弁済 原告が被告上和野から本件事故による休業補償として金四五万円の弁済を受けたことは争いがないので、これを前記損害額から控除すると、残額は金一一〇万五〇三四円となる。
10 弁護士費用 本事案の難易、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては金二〇万円をもつて相当と認める。
四 結び
よつて、原告の請求は、被告上和野、同佐藤に対し連帯して右認定の合計金一三〇万五〇三四円及びこれから弁護士費用を除く金一一〇万五〇三四円に対する本件事故日の翌日である昭和四六年一〇月五日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告川崎市に対する請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上村多平)